【COUNTRY】

Albania アルバニア

早朝、甲板に出ると気持ちの良い朝日が差してきた。

アドリア海を東へ進むフェリーはアルバニアに到着。

アルバニアと言って世界地図のどこか当てられる人も中々いないだろう。僕自身この国に来るにあたって、ワクワク半分、ピリピリ半分だった。

というのも、フランス人、イタリア人と話していく中で「フェリーでアルバニア行く予定なんだ。」と言うと、

「お前クレイジーかよ、勇気あるな!」「アルバニアは止めておけ、3年前俺の自転車旅行仲間が殴られて荷物全部奪われたぞ!」と悪評が轟いていたからだ。

そのような偏見を持ちながら国旗を見ると確かに、悪の組織っぽい。その実態は如何に。

アルバニアのリゾート地、ドゥラナを散策していると、ドイツ在住だというコソボ人兄弟が英語で声を掛けてきた。

完全に年上だと思って話をしていたが、よくよく聞いてみたら髭を蓄えた右の兄さんは15歳。アルバニアの国旗を模したアルバニアポーズ。こう見ると怖くない。

彼らと話していると、アルバニア周辺国の複雑な関係が見えてくる。アルバニアの隣では、1991年までユーゴスラビア紛争があった。コソボも、アルバニア人とセルビア人の間で領土争いが起こり、未だに解決していない。だから今でも彼らはセルビアが嫌いだと言っていた。

ヨーロッパの割に、体重計屋さんがある。

ヨーロッパの割に、合わせて170円。

ヨーロッパの割に、馬が現役。

魔除けとして、家の表にピノキオが串刺しになっていた。

廃墟好きとしては、西欧諸国では見ることができなかった杜撰さにとてもワクワクする。

首都のティラーナに到着。

イスラム教徒が全体の60%を占める、ヨーロッパでは珍しい国。

あまり見たことがないタイプの自転車移動式看板。

民族蜂起を表した巨大なモザイク画。

ピラミッドのような廃墟。若者の遊び場となっていて、よく見ると右下にカオナシがいる。

著作権の怪しい遊園地。

首都の中心部から5分も自転車で走れば、地方都市のような長閑さ。

首都、ティラナから北へ100km、シュコダルという北部の街へ。

なんでも車に乗せてしまう感じは、東南アジアを彷彿とさせる。

レストランに入るも、メニューがない。

厨房に連れて行かれ、「肉どれがいい?何枚焼く?」というオーダースタイル。

道中、とても印象に残った出来事が起きた。

反対方向から走ってきたフランス人自転車旅行者3人組は、フランスから3〜4年世界を自転車で旅する。

15分ほど、情報交換しながらワイワイ話した後「ユーラシア大陸横断して東京きたら泊めてあげるよ。」と約束をして別れた。

すると、2016年の秋右側のルカくんが僕の家に遊びに来たのである。

彼とは東京で2日間ほど観光案内して一緒に過ごした。ユーラシア大陸自転車で横断しても会えるのだから、「一期一会」なんてないのかもしれないと思う出来事だった。

シュコダルのホステルで、全く同じ自転車「サーリートロール、オレンジモデル」を使うフランス人女性と遭遇。中々このモデル使っている人がいないからテンションが上がる。

ピザ屋さんでは、アジア人が珍しいのか声をかけられる。右側の男のおじさんが日本で働いているらしい。集合写真を送る羽目に。

日曜日、アーチェリーのアルバニア代表がホステルの庭で練習を始めた。

少し射らせてもらったが、中心に当てるのは難しい。

この旅、一番不味かった30円の乳飲料。息を止めれば何とか飲める。シュコダル城から街を一望。シュコダルは首都と比べて自転車に乗る住民が多く、治安の良さを感じた。

東欧を走っていると偶に見かける交通事故の石碑。

ジャガイモ売りの少年はカメラを向けるとポーズをとってくれた。

アルバニアは主に北部の平野を5日間移動した。昼間は警察官も多く、特に治安の悪さは感じなかった。一方で、ヨーロッパ最貧国とも言われるアルバニアはヨーロッパながら東南アジアのような路地裏、暗部があり、背筋が伸びる場所でもあった。

どこの国でもそうだと思うが、夜は小道を移動しない、という自己防衛を怠らなければ危険度はグッと減る。

僕はこの国が好きだった。荒廃感と人懐っこい素朴な人々は、ヨーロッパの他のどの国でも感じることのできない親しみがあったからだ。

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